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ノモス

ドイツ時計の背景
ドイツ時計が日本に大きく紹介されたのは、東西ドイツ統合後に再興された高級ブランドからですが、ドイツは古くからヨーロッパでは時計の産地として有名でした。文明の最先端を走る国のひとつであったドイツは機械式時計の分野でもリーダーであったのです。また何人もの著名な時計職人を生んできました。彼らは王国貴族の求めに応じて塔時計や携帯時計を製作しました。特に14~17世紀はドイツ時計の第一次全盛期であったともいえます。ところが18世紀に入ると時計のリーダーは英仏に移ります。中央集権国家へのステップの遅れたドイツはこのような産業分野でも遅れをとったからです。

そして1871年中央集権国家が誕生するとドイツの時計はグラスフュッテを中心に急速な進歩を見せました。これらの努力によって再びドイツは世界の時計産業界をリードする立場までなりました。しかし第二次世界大戦後、その生産の中心地であったグラスフュッテが東側の共産政権下におかれ、時計メーカーは国営企業に吸収されG.U.Bとして置時計を中心に生産する方向に転換されました。

そして1989年東西ドイツが統合され、グラスフュッテの時計メーカーは次々と再興され、再び優秀な時計を開発生産しはじめました。


ノモスは1906年、グイド・ミューラーによってグラスフュッテに誕生しました。グラスフュッテの高級時計メーカーとして事業展開していましたが、他のメーカーと同様に第二次世界大戦は休眠状態にありました。東西ドイツ統合後、旧西ドイツでデザイナーとして活躍していたR.シュベルトナー氏が、自分の思いを描く理想の時計作りのために1990年にグラスフュッテに渡り、1992年にノモス社を再興しました。その後、ノモス社「タンジェント」を発表し、ドイツ国内で数々のデザイン賞を受賞しました。デザインとグラスヒュッテの伝統の時計作りが昇華したこの製品はドイツを代表するインダストリアルプロダツクになっています。


NOMOS 社屋

従業員数: 83人
年間生産本数:15,000本

シェルコードバン製ストラップ

農耕馬のお尻の部分の皮を使用したレザー。1頭から一割程度しか取れないといわれています。鞭で打たれているため繊維組織が非常に細かく、丈夫でありまたタンニンなめしにより独特の光沢を持ちます。

近年メーカーの減少し、現在アメリカのHORWEEN社と日本の関西にある新喜皮革の2社しかないといわれています。

※ タンニンなめし植物の樹皮、葉などから抽出したタンニン(渋)でなめす方法。
時間と手間がかかるなめしですが、型崩れしにくく堅牢なのが特徴です。

HORWEEN社

1905年シカゴに設立。コードバンやオイルレザーのタンナー(現皮を加工して革へかえるメーカーのこと)として有名です。アメリカでは1950年代までコードバンシューズの需要が多かったのですが、60年代にはいると需要が減少し、さらにタンナーが激減しました。HORWEEN社の存続の危機にあったのですがシューズメーカーのオールデンが説得、バックアップし存続しており、今日では非常に貴重な革と呼ばれています。

ブナの木の廃材を利用した化粧箱

NOMOS時計の化粧箱にはブナの木の廃材が再利用されています。また、塗装は水性の絵の具で行われています。NOMOS社では1992年の再興当初からこの化粧箱を使用しており、昨今の環境問題への意識の高さがうかがえます。